2009年12月
2009年12月28日
タイ&ベトナム波乱万丈記~その⑦~(高見)

今回、3つの作品をタイ語に翻訳してくださったパットさん。バンコクでは通訳もしてくださいました。タイの人はみんな写真が大好きなのかと思ったら、パットさんはカメラから逃げる逃げる。ようやく捕まえて撮った写真です。日本に留学していたパットさんは、なんと、「キャンパスは違いますが、高見さんの後輩です!」。わ~! 「私が教えている大学で、この台本を教材に使ってもよいですか?」。どうぞどうぞ!

バンコクのドラマチームの参加者は、おそらく、大変優秀であろう若者たちでした。チーム分けをして、ここからここまで自由につくってみてください、と渡すと、ああだこうだと熱心に相談を始め、隣のチームが凝ったことをはじめると、負けじと凝り出し、それぞれのチームが「もう少し時間をください」「もう少し待って」「あと5分」と粘って、いくらでも凝り続けていました(例えば、印象に残したい台詞を繰り返したり、強調したいフレーズにエコーをかけたり)。こちらは、ゲネの様子です。
さて、本番も緊張感のあるよい舞台となりました。が、なぜか、途中から、ダンサーが衣裳を着ていません。「あれれ」と思っていたら、カーテンコールで衣裳チームの人々が自分たちのつくった衣裳を着てモデルのようにポーズをとりながら登場(その多くが男子です)。どうやら、時広さんからカーテンコールで衣裳を着てくるようにという指示があったとたんに、ダンサーに「もう一度」着せなければならないことをすっかり忘れたもようです。客席で、時広さんは口をあんぐり。バックステージについていたこのみさんは「自分たちが着ることに夢中で、着替えさせて!という声が全く届きませんでした」と泣き笑い。

ホテルのロビーでお世話になった方々に、お礼の寄せ書き。ペンを走らせているはなちゃんとこのみさんの表情から察するに、おそらくこのときも、時広さんと山崎さんは、いつもの漫才のようなやりとりをしていたのでしょう。
ああ、終わってみれば、瞬く間のタイ滞在でした。交流基金のドアンチャイさんと梅枝さんには、本当にお世話になりました。
そして、これから、喧騒のベトナムです。

今回、3つの作品をタイ語に翻訳してくださったパットさん。バンコクでは通訳もしてくださいました。タイの人はみんな写真が大好きなのかと思ったら、パットさんはカメラから逃げる逃げる。ようやく捕まえて撮った写真です。日本に留学していたパットさんは、なんと、「キャンパスは違いますが、高見さんの後輩です!」。わ~! 「私が教えている大学で、この台本を教材に使ってもよいですか?」。どうぞどうぞ!

バンコクのドラマチームの参加者は、おそらく、大変優秀であろう若者たちでした。チーム分けをして、ここからここまで自由につくってみてください、と渡すと、ああだこうだと熱心に相談を始め、隣のチームが凝ったことをはじめると、負けじと凝り出し、それぞれのチームが「もう少し時間をください」「もう少し待って」「あと5分」と粘って、いくらでも凝り続けていました(例えば、印象に残したい台詞を繰り返したり、強調したいフレーズにエコーをかけたり)。こちらは、ゲネの様子です。
さて、本番も緊張感のあるよい舞台となりました。が、なぜか、途中から、ダンサーが衣裳を着ていません。「あれれ」と思っていたら、カーテンコールで衣裳チームの人々が自分たちのつくった衣裳を着てモデルのようにポーズをとりながら登場(その多くが男子です)。どうやら、時広さんからカーテンコールで衣裳を着てくるようにという指示があったとたんに、ダンサーに「もう一度」着せなければならないことをすっかり忘れたもようです。客席で、時広さんは口をあんぐり。バックステージについていたこのみさんは「自分たちが着ることに夢中で、着替えさせて!という声が全く届きませんでした」と泣き笑い。

ホテルのロビーでお世話になった方々に、お礼の寄せ書き。ペンを走らせているはなちゃんとこのみさんの表情から察するに、おそらくこのときも、時広さんと山崎さんは、いつもの漫才のようなやりとりをしていたのでしょう。
ああ、終わってみれば、瞬く間のタイ滞在でした。交流基金のドアンチャイさんと梅枝さんには、本当にお世話になりました。
そして、これから、喧騒のベトナムです。
2009年12月27日
タイ&ベトナム波乱万丈記~その⑥~(高見)
なぜか、いろいろ思い返すのはウボンのことです。ドラマチーム参加の学生と通訳をしてくださった日本語科の先生は、公演後にすぐ次の授業に向かってしまったため、きちんとご挨拶もできなかった……からかも。一通りのことは伝えて「公演」という形にはこぎつけたものの、もっと何かに絞って伝えたほうがよかったかとか、一方通行になってしまっただろうかとか、少しクヨクヨ。が、ともあれ、次の公演地・バンコクへ。再び、都会です。
ここで、我ら5名は、念願のタイ・マッサージに繰り出しました。「よさそうな」店を選び、イザ店内へ。マッサージをしてくれる人は、男性には男性が、女性には女性がつき、私には小柄な人、このみさんには大柄な人、と体系もあわせてきました。そして、2時間1000円ぐらい(違ったかな)。我らは布で仕切られてはいるものの、一列横並び。隣の山崎さんが途中で大笑いを始め「高見さん、高見さん。私のマッサージをしてくれてる人が、私がお母さんで時広さんがお父さんで、高見さんが子供かと聞いてきた」。私も一緒に大笑い。かわいそうに、山崎さんは、いろいろ仕切ってくださっていたので「お母さん」になってしまったのでしょう、私より8つも歳下なのに。
すっかり疲れをおとし、翌日への鋭気を取り戻した、ツアー折り返し点でした。


バンコクでは、3つのチームが同じ会場内でワークショップ。これがなかなか刺激的でした。
会場の庭では衣裳チーム。「素晴らしい。一つのことを教えると、皆が自分でどんどん進めていく。何も言わなくても縫い始めるし」と時広さん。

会場の客席ではダンスチーム。写真は衣裳合わせ中です。

そして、舞台上ではドラマチーム。衣裳合わせ中、少しでも待ち時間ができると「自主練習してもよいですか?」。もちろんです。


打ち合わせ中の時広さんとこのみさん。右は、展示用に日本から持ち込んだ時広さんの衣裳。このあと、あれこれ試行して着付けが変わりました。
なぜか、いろいろ思い返すのはウボンのことです。ドラマチーム参加の学生と通訳をしてくださった日本語科の先生は、公演後にすぐ次の授業に向かってしまったため、きちんとご挨拶もできなかった……からかも。一通りのことは伝えて「公演」という形にはこぎつけたものの、もっと何かに絞って伝えたほうがよかったかとか、一方通行になってしまっただろうかとか、少しクヨクヨ。が、ともあれ、次の公演地・バンコクへ。再び、都会です。
ここで、我ら5名は、念願のタイ・マッサージに繰り出しました。「よさそうな」店を選び、イザ店内へ。マッサージをしてくれる人は、男性には男性が、女性には女性がつき、私には小柄な人、このみさんには大柄な人、と体系もあわせてきました。そして、2時間1000円ぐらい(違ったかな)。我らは布で仕切られてはいるものの、一列横並び。隣の山崎さんが途中で大笑いを始め「高見さん、高見さん。私のマッサージをしてくれてる人が、私がお母さんで時広さんがお父さんで、高見さんが子供かと聞いてきた」。私も一緒に大笑い。かわいそうに、山崎さんは、いろいろ仕切ってくださっていたので「お母さん」になってしまったのでしょう、私より8つも歳下なのに。
すっかり疲れをおとし、翌日への鋭気を取り戻した、ツアー折り返し点でした。


バンコクでは、3つのチームが同じ会場内でワークショップ。これがなかなか刺激的でした。
会場の庭では衣裳チーム。「素晴らしい。一つのことを教えると、皆が自分でどんどん進めていく。何も言わなくても縫い始めるし」と時広さん。

会場の客席ではダンスチーム。写真は衣裳合わせ中です。

そして、舞台上ではドラマチーム。衣裳合わせ中、少しでも待ち時間ができると「自主練習してもよいですか?」。もちろんです。


打ち合わせ中の時広さんとこのみさん。右は、展示用に日本から持ち込んだ時広さんの衣裳。このあと、あれこれ試行して着付けが変わりました。
2009年12月26日
タイ&ベトナム波乱万丈記~その⑤~(高見)
ウボンでの参加者は、ウボン大学の学生でした。はじめは21時までの稽古スケジュールを提案したのですが、これはただちに却下されました。「タイの人は日本人とは違います。集中力がそんなにはもちません」。なるほど。そこで、19時までではいかがでしょうと提案。ところが、「ウボンは田舎ですから、そんなに遅くまでやっていたら、家に帰れなくなる子供たちがいます」との返答。結局17時までの稽古となりました。
さて、まずは、日本に全く情報が送られてこなかった会場を見学。キャンパス内の講堂です。広い。公演時には開演まで、写真のように日本から運び入れた時広さんの衣裳を展示しました。

いよいよワーク開始です。そしてたちまち、チェンマイで通訳をお願いした方々が「特別」だったことが判明しました。普通に話してしまうと、全くに近いほど、何も伝わらないのです。ひぇ。ゆっくり、簡単なことばを選び、伝わらなければ別の単語に変えつつ、繰り返し、まるで牛の歩みです。例えば、3つのグループに分かれてもらった後に、「次は、今同じグループにいる人以外の人と2人組になってください」と伝えたとします。確かにややこしくはありますが、学生たちは真剣に悩んで一歩も動かなくなってしまいます。「何をそんなに悩んでいるのだろう?」と待っていると、やがて相談しながら移動を始めて、できあがったのは2つのグループ。通訳さんは、「ふたり組」の「り」を理解できなかったのか! とわかりました。他にも「~の前に」とか「集まって」とか割合よく使うけれど伝わらない表現が次々と判明し、どんどん身振り手振りが増えていったものでした。
はじめは驚き、次にイライラし、それから焦り、最後には可笑しくてたまらなくなると、ようやくペースがつかめてきたものの17時。こ、これでは間に合わないと、ドラマチームだけ少しだけ延長して一日目を終えました。
翌日もしゃべり動き続けながら必死にあれこれ伝え、ようやくゲネまでこぎつけました。が、ゲネの途中で、ダンサーの一人がダウン。ドラマチームの一人がダウン。バックステージのこのみさんからは「何人か吐いています」との情報が。原因は、お腹のすきすぎだそうです。ひぇ。これは仕方なさそう。ゲネは途中でとりやめ、その分、休憩時間を長くとることにしました。
かくして、『結』第2回公演は幕をあけました。客席は大反響。最前列で観劇していた先生方も拍手喝采。「たった2日で、なぜこんなことができたのか!?」と興奮されていました。
ドラマチームの中に一人だけ加わっていた先生からは「正直言って、昨日、もう少し稽古をしましょうと言われたときは、無理だと思いました。ところが、稽古が終わってみたら、自分もそうでしたが学生たちも皆、『やればできた』という自信の表情に変わっていた。今回の経験は、普段はあり得ないことで、とてもよかった」とのお言葉。よかったよかった、しかし、少し疲れたね、と、交流会の後に会場ロビーでホッと一息ついている様子が下の写真です。気がつけば、あまりにパツパツしており、ウボン会場ではほとんど写真を撮っていませんでした。

ウボンでの参加者は、ウボン大学の学生でした。はじめは21時までの稽古スケジュールを提案したのですが、これはただちに却下されました。「タイの人は日本人とは違います。集中力がそんなにはもちません」。なるほど。そこで、19時までではいかがでしょうと提案。ところが、「ウボンは田舎ですから、そんなに遅くまでやっていたら、家に帰れなくなる子供たちがいます」との返答。結局17時までの稽古となりました。
さて、まずは、日本に全く情報が送られてこなかった会場を見学。キャンパス内の講堂です。広い。公演時には開演まで、写真のように日本から運び入れた時広さんの衣裳を展示しました。

いよいよワーク開始です。そしてたちまち、チェンマイで通訳をお願いした方々が「特別」だったことが判明しました。普通に話してしまうと、全くに近いほど、何も伝わらないのです。ひぇ。ゆっくり、簡単なことばを選び、伝わらなければ別の単語に変えつつ、繰り返し、まるで牛の歩みです。例えば、3つのグループに分かれてもらった後に、「次は、今同じグループにいる人以外の人と2人組になってください」と伝えたとします。確かにややこしくはありますが、学生たちは真剣に悩んで一歩も動かなくなってしまいます。「何をそんなに悩んでいるのだろう?」と待っていると、やがて相談しながら移動を始めて、できあがったのは2つのグループ。通訳さんは、「ふたり組」の「り」を理解できなかったのか! とわかりました。他にも「~の前に」とか「集まって」とか割合よく使うけれど伝わらない表現が次々と判明し、どんどん身振り手振りが増えていったものでした。
はじめは驚き、次にイライラし、それから焦り、最後には可笑しくてたまらなくなると、ようやくペースがつかめてきたものの17時。こ、これでは間に合わないと、ドラマチームだけ少しだけ延長して一日目を終えました。
翌日もしゃべり動き続けながら必死にあれこれ伝え、ようやくゲネまでこぎつけました。が、ゲネの途中で、ダンサーの一人がダウン。ドラマチームの一人がダウン。バックステージのこのみさんからは「何人か吐いています」との情報が。原因は、お腹のすきすぎだそうです。ひぇ。これは仕方なさそう。ゲネは途中でとりやめ、その分、休憩時間を長くとることにしました。
かくして、『結』第2回公演は幕をあけました。客席は大反響。最前列で観劇していた先生方も拍手喝采。「たった2日で、なぜこんなことができたのか!?」と興奮されていました。
ドラマチームの中に一人だけ加わっていた先生からは「正直言って、昨日、もう少し稽古をしましょうと言われたときは、無理だと思いました。ところが、稽古が終わってみたら、自分もそうでしたが学生たちも皆、『やればできた』という自信の表情に変わっていた。今回の経験は、普段はあり得ないことで、とてもよかった」とのお言葉。よかったよかった、しかし、少し疲れたね、と、交流会の後に会場ロビーでホッと一息ついている様子が下の写真です。気がつけば、あまりにパツパツしており、ウボン会場ではほとんど写真を撮っていませんでした。

2009年12月23日
タイ&ベトナム波乱万丈記~その④~(高見)
チェンマイ公演後は、参加者たちから「写真を一緒に」と、次々に声をかけられました。よほど人気者になったのかと勘違いしかかったのですが、聞けばタイの人は写真に写ることが好きで、どんな写真にも自分が入るのだとか。普段は撮られるのが苦手で写真から逃げ回っている私ですが、写真好きな人々に「苦手」は通用すまいと思い、一生分ぐらいの写真を撮られました。こちらは、ドラマチーム参加の愛すべき人々。

うしろ髪をひかれる思いで、チェンマイをあとにすべく空港へ。見送りにきてくれるの?と尋ねたときには「必ず見送りに行く」と言っていたシンちゃんはとうとう現れず。が、交流基金の梅枝さんによると、タイの人は「ノー」とは言わない国民性なのだとか。「誘われたときに断ると、二度悲しませることになるが、誘われたときにOKすれば、行かなかったときに一度悲しませるだけですむ。という考え方なんですよ」。えー!? そして、ここで、日本での仕事を控えた赤目さんとはさようなら。「僕は自転車を借りて、チェンマイの旧市街を半日観光してから帰国します」と赤目さんがさっそうと街中へ消えていくのを見送りながら、私たちは、急に不安になったものでした。(不安になったのは、赤目さんの自転車観光に対してではなく、私たちのこれからの道程に対してです。念のため)

第2の公演地、ウボンに到着。シャワーがすぐに水になってしまうとか(私の部屋とはなちゃんの部屋)、水圧が弱くて一本の筋のようにしかお湯が出てこないとか(このみさんの部屋)、そういう問題は予想範囲内。しかし、翌日には、全く予想していなかった事態が起ころうとしていました。
チェンマイ公演後は、参加者たちから「写真を一緒に」と、次々に声をかけられました。よほど人気者になったのかと勘違いしかかったのですが、聞けばタイの人は写真に写ることが好きで、どんな写真にも自分が入るのだとか。普段は撮られるのが苦手で写真から逃げ回っている私ですが、写真好きな人々に「苦手」は通用すまいと思い、一生分ぐらいの写真を撮られました。こちらは、ドラマチーム参加の愛すべき人々。

うしろ髪をひかれる思いで、チェンマイをあとにすべく空港へ。見送りにきてくれるの?と尋ねたときには「必ず見送りに行く」と言っていたシンちゃんはとうとう現れず。が、交流基金の梅枝さんによると、タイの人は「ノー」とは言わない国民性なのだとか。「誘われたときに断ると、二度悲しませることになるが、誘われたときにOKすれば、行かなかったときに一度悲しませるだけですむ。という考え方なんですよ」。えー!? そして、ここで、日本での仕事を控えた赤目さんとはさようなら。「僕は自転車を借りて、チェンマイの旧市街を半日観光してから帰国します」と赤目さんがさっそうと街中へ消えていくのを見送りながら、私たちは、急に不安になったものでした。(不安になったのは、赤目さんの自転車観光に対してではなく、私たちのこれからの道程に対してです。念のため)

第2の公演地、ウボンに到着。シャワーがすぐに水になってしまうとか(私の部屋とはなちゃんの部屋)、水圧が弱くて一本の筋のようにしかお湯が出てこないとか(このみさんの部屋)、そういう問題は予想範囲内。しかし、翌日には、全く予想していなかった事態が起ころうとしていました。
2009年12月22日
タイ&ベトナム波乱万丈記~その③~(高見)
『結』初回公演―約1時間が無事に幕を下ろしました。チェンマイ公演は、参加者に社会人が多く(ダンスチームには、旅行中のフランス人も。タイ語と日本語と英語とフランス語が飛び交うワークだったけれど「充実していた!」とはなちゃん)、この後わかってくるのですが、年齢を重ねた人たちならではの落ち着いた舞台となりました。

終演後は、会場の美術館ホール前の中庭にて交流会。写真は、熱心に時広氏の講評を聞く参加者たちです。

参加者たちの顔がきらきらしていて、あまりにかわいいので、私たちもつい嬉しくなって写真をぱちぱち撮りました。上の写真の右上の二人をアップにすると…

ぱちぱちしている山崎さんと三枝はなちゃんです。
ホテルに戻ると、一体どうなるものやら無我夢中だった緊張がドッとほどけて、もう終わったような気分。慌てました。「イカンイカン。まだツアーはこれからなんだから!」と自分に言い聞かせ、「あ。そういえば」と、すっかり忘れていたウェルカムフルーツにナイフを入れてみました。

中は真っ白。日本の梨のような食感で「わりと好きかも」と、一口の予定がほぼ全てお腹の中へ。ただ、「ノーズアップル」という名前はどうかと思いました。「鼻の形に似てるでしょ」とシンちゃんに説明してもらったのですが、「鼻りんご」だと聞いていたら、ナイフは入れなかったかも。……さてさて、ウェルカムされたものの、翌日は、はや移動日です。
『結』初回公演―約1時間が無事に幕を下ろしました。チェンマイ公演は、参加者に社会人が多く(ダンスチームには、旅行中のフランス人も。タイ語と日本語と英語とフランス語が飛び交うワークだったけれど「充実していた!」とはなちゃん)、この後わかってくるのですが、年齢を重ねた人たちならではの落ち着いた舞台となりました。

終演後は、会場の美術館ホール前の中庭にて交流会。写真は、熱心に時広氏の講評を聞く参加者たちです。

参加者たちの顔がきらきらしていて、あまりにかわいいので、私たちもつい嬉しくなって写真をぱちぱち撮りました。上の写真の右上の二人をアップにすると…

ぱちぱちしている山崎さんと三枝はなちゃんです。
ホテルに戻ると、一体どうなるものやら無我夢中だった緊張がドッとほどけて、もう終わったような気分。慌てました。「イカンイカン。まだツアーはこれからなんだから!」と自分に言い聞かせ、「あ。そういえば」と、すっかり忘れていたウェルカムフルーツにナイフを入れてみました。

中は真っ白。日本の梨のような食感で「わりと好きかも」と、一口の予定がほぼ全てお腹の中へ。ただ、「ノーズアップル」という名前はどうかと思いました。「鼻の形に似てるでしょ」とシンちゃんに説明してもらったのですが、「鼻りんご」だと聞いていたら、ナイフは入れなかったかも。……さてさて、ウェルカムされたものの、翌日は、はや移動日です。
