2009年06月
2009年06月23日
●ハトおじさん
YouYubeにかもねぎの映像をアップしてくださったのは大谷浩之さんという映像製作をしている方です。
私は彼の奥さんのきみこさんと昔、居酒屋でアルバイトをしている時にバイト仲間として知り合い、以後ずーっと親しくさせてもらっている。
大谷家には8月に2歳になるこうちゃんという天使のようにかわいい男の子がいる。
最近は時間があるともっぱらこの家族と遊んでいる。
小さな子と一緒にいると思いがけず、普段経験できない事に遭遇できて楽しい。
ある日曜日、中野の公園できみこさんとこうちゃんと一緒にハトを追いかけて遊んでいた。
遊び疲れて3人で公園の隅に座って公園の様子をながめていると一人のおじさんが現われた。
すると今までそこらへんの地面をつっついていたハトがいっせいにそのおじさんの所へ集まっていった。
びっくりしていると、隣に座っていたきみこさんが「あっ!ハトおじさんだ。」と言った。
なるほど、おじさんはまずハトに餌をやり始めた。(それにしても、餌をやり始めてもいない人にハトが群がるなんて光景始めてみた)
その後、公園内のごみを拾ったり、ハトの水あび用の水を、公園内の窪みに溜めたりしていた。(ハトとたわむれながら)
私たちはそんな様子をおせんべいを食べながら見ていた。
そのおせんべいが手元が狂って地面に落ちてしまった。
仕方がないので足元のおせんべいを細かく砕いてハトにあげる事にした。
しかし足元ちかくのおせんべいにはハトがなかな近寄らない。
恐る恐る近づいてはくるが、すぐに離れてしまう。
そんな様子を今度はハトおじさんの方が見ていて、近寄ってきた。
「あのね、きみたちが座っている後ろの茂みの中にネコがいるから警戒してすぐにげるんだよ」
顔をあげておじさんを見るとおじさんは肩にハトを乗せていた。
「ハトはね、これが一番好きなんだよ。はい。」
と言って、おじさんはピーナッツをにぎらせてくれた。
「これをこう低い位置にもってきて直接あげてごらん、上手に食べるし、手に乗せることも簡単だよ」
おじさんの言うとおりやってみると、ハトの大群がおし寄せてきて手から直接餌は食べるは手にはのるは私たちの周りはハトだらけになった。
大人の私たちには楽しい経験だったが、まだ2歳にもなっていないこうちゃんにとっては恐ろしい体験だったようで、あせった顔をして「あっち、あっち」と、ハトのいない方を力いっぱい指差していた。
そんな子供の様子なんて一切無視しておじさんは話し始めた。
「あそこに足が悪いハトがいるでしょ」
見ると片足が完全に直角に折れ曲がったハトが居た。
「あいつには特別目をかけているんだよ、ひいきしないと、負けて餌もろくに食べられないからね。僕がくるとだいだい肩に乗ったりしてべったりしてくるよ」
そんな話を聞きながらハトの群れをながめていると大きなハトが少し小さなハトを追い回し始めた。
「あっ、けんか」とつぶやくと、おじさんはハトの様子をしばらく眺めて。
「いや、あれはけんかじゃなくて求愛だ。追いかけているのが雄で逃げているのが雌。ハトの世界では上手に逃げるハトほど良い女でしつこく追い回す雄に雌はしびれちゃうんですよ。ほら、もうあいつらカップルになった。」
見ると、ハト2羽が木に並んで恋を語り合ってる様に見えた。
「うまく雌を追いかけるのが良い男のわけだから、年取ったハトはもてませんよね。体力無いからうまく追えないでしょ。で、どうするかというと若ーい何にも知らないような中学生みたいな娘を追いかけるんですよ。で娘は、まだ人生経験が少ないから、コロッとやられるんです。で、カップルになったら相手が死ぬまで添い遂げるんです。でもほら雄が年食ってて雌は子供みたいに若いでしょう、当然雄が先に死んじゃうんです。で、まだ若い雌は、また新しい相手を見つけて死ぬまで添い遂げるんですよ。良く出来てるよね。」
おおおおお!なんかすごい話聞けちゃってるんですけど、今!
このお話まだまだつづくのです。つづきは次回に!!

YouYubeにかもねぎの映像をアップしてくださったのは大谷浩之さんという映像製作をしている方です。
私は彼の奥さんのきみこさんと昔、居酒屋でアルバイトをしている時にバイト仲間として知り合い、以後ずーっと親しくさせてもらっている。
大谷家には8月に2歳になるこうちゃんという天使のようにかわいい男の子がいる。
最近は時間があるともっぱらこの家族と遊んでいる。
小さな子と一緒にいると思いがけず、普段経験できない事に遭遇できて楽しい。
ある日曜日、中野の公園できみこさんとこうちゃんと一緒にハトを追いかけて遊んでいた。
遊び疲れて3人で公園の隅に座って公園の様子をながめていると一人のおじさんが現われた。
すると今までそこらへんの地面をつっついていたハトがいっせいにそのおじさんの所へ集まっていった。
びっくりしていると、隣に座っていたきみこさんが「あっ!ハトおじさんだ。」と言った。
なるほど、おじさんはまずハトに餌をやり始めた。(それにしても、餌をやり始めてもいない人にハトが群がるなんて光景始めてみた)
その後、公園内のごみを拾ったり、ハトの水あび用の水を、公園内の窪みに溜めたりしていた。(ハトとたわむれながら)
私たちはそんな様子をおせんべいを食べながら見ていた。
そのおせんべいが手元が狂って地面に落ちてしまった。
仕方がないので足元のおせんべいを細かく砕いてハトにあげる事にした。
しかし足元ちかくのおせんべいにはハトがなかな近寄らない。
恐る恐る近づいてはくるが、すぐに離れてしまう。
そんな様子を今度はハトおじさんの方が見ていて、近寄ってきた。
「あのね、きみたちが座っている後ろの茂みの中にネコがいるから警戒してすぐにげるんだよ」
顔をあげておじさんを見るとおじさんは肩にハトを乗せていた。
「ハトはね、これが一番好きなんだよ。はい。」
と言って、おじさんはピーナッツをにぎらせてくれた。
「これをこう低い位置にもってきて直接あげてごらん、上手に食べるし、手に乗せることも簡単だよ」
おじさんの言うとおりやってみると、ハトの大群がおし寄せてきて手から直接餌は食べるは手にはのるは私たちの周りはハトだらけになった。
大人の私たちには楽しい経験だったが、まだ2歳にもなっていないこうちゃんにとっては恐ろしい体験だったようで、あせった顔をして「あっち、あっち」と、ハトのいない方を力いっぱい指差していた。
そんな子供の様子なんて一切無視しておじさんは話し始めた。
「あそこに足が悪いハトがいるでしょ」
見ると片足が完全に直角に折れ曲がったハトが居た。
「あいつには特別目をかけているんだよ、ひいきしないと、負けて餌もろくに食べられないからね。僕がくるとだいだい肩に乗ったりしてべったりしてくるよ」
そんな話を聞きながらハトの群れをながめていると大きなハトが少し小さなハトを追い回し始めた。
「あっ、けんか」とつぶやくと、おじさんはハトの様子をしばらく眺めて。
「いや、あれはけんかじゃなくて求愛だ。追いかけているのが雄で逃げているのが雌。ハトの世界では上手に逃げるハトほど良い女でしつこく追い回す雄に雌はしびれちゃうんですよ。ほら、もうあいつらカップルになった。」
見ると、ハト2羽が木に並んで恋を語り合ってる様に見えた。
「うまく雌を追いかけるのが良い男のわけだから、年取ったハトはもてませんよね。体力無いからうまく追えないでしょ。で、どうするかというと若ーい何にも知らないような中学生みたいな娘を追いかけるんですよ。で娘は、まだ人生経験が少ないから、コロッとやられるんです。で、カップルになったら相手が死ぬまで添い遂げるんです。でもほら雄が年食ってて雌は子供みたいに若いでしょう、当然雄が先に死んじゃうんです。で、まだ若い雌は、また新しい相手を見つけて死ぬまで添い遂げるんですよ。良く出来てるよね。」
おおおおお!なんかすごい話聞けちゃってるんですけど、今!
このお話まだまだつづくのです。つづきは次回に!!
2009年06月16日
●新しい<企画>の話
Oさんが「聞いて欲しい話がある」と私を訪ねてきたのは昨年の秋だった。「はいはい何でしょう」と気軽に応じたところ、Oさんは一向に話を切り出さない。ではまあ何か食べましょうかとアジアンレストランに入り、3品ほど頼む。辛いものを食べてもOさんは語らず、甘いものを食べても語らない。いよいよテーブルの上の皿々が空っぽになってしまったので、では帰りましょうかということになり、新宿駅に向かった。構内を歩くうち、とうとうOさんが口にした言葉は「ああ。今日は話せなかった」だった。私の顔がこわかったのだろうか、とか、天気のせいだったのだろうか、とか、もっと強引に聞き出せばよかったのだろうか、とかいろいろ考えてみたが、結論を「Oさんは、やはり、シャイだったのだ」と下した。
それから1ヶ月後、再びOさんが訪ねてきて「今日こそ話す」と言う。そう言ったかと思ったら、一気に1時間も話した。その熱意に押し倒され、私はOさんの<企画>に加わることにした。その後、OさんはYさんとRさんにも「聞いて欲しい話」をし、<企画>に加わる人物は4名となった。
さて、この<企画>、詳しくは
http://re3swork.web.fc2.com/
にて。皆様のご参加をお待ちしております。
Oさんが「聞いて欲しい話がある」と私を訪ねてきたのは昨年の秋だった。「はいはい何でしょう」と気軽に応じたところ、Oさんは一向に話を切り出さない。ではまあ何か食べましょうかとアジアンレストランに入り、3品ほど頼む。辛いものを食べてもOさんは語らず、甘いものを食べても語らない。いよいよテーブルの上の皿々が空っぽになってしまったので、では帰りましょうかということになり、新宿駅に向かった。構内を歩くうち、とうとうOさんが口にした言葉は「ああ。今日は話せなかった」だった。私の顔がこわかったのだろうか、とか、天気のせいだったのだろうか、とか、もっと強引に聞き出せばよかったのだろうか、とかいろいろ考えてみたが、結論を「Oさんは、やはり、シャイだったのだ」と下した。
それから1ヶ月後、再びOさんが訪ねてきて「今日こそ話す」と言う。そう言ったかと思ったら、一気に1時間も話した。その熱意に押し倒され、私はOさんの<企画>に加わることにした。その後、OさんはYさんとRさんにも「聞いて欲しい話」をし、<企画>に加わる人物は4名となった。
さて、この<企画>、詳しくは
http://re3swork.web.fc2.com/
にて。皆様のご参加をお待ちしております。
2009年06月06日
●湯治の話 【栗栖・山菜を揚げるの巻】
総勢15名にて湯治に行ってきた。私を除く14名の内訳は、ダンサー8名、小学生2名、舞台監督1名、振付家1名、舞台衣裳&美術家1名、そして役者1名(これは、かもねぎの栗栖)。多忙な大人たち(と子供たち)のスケジュール調整は半年ほど前から行われ、奇跡的にほぼ全員可能な日程が確定し、その後はめいめいが如何なる誘いも断って「湯治に行く日」を死守する。と、こうして15名の2泊3日の湯治が実現する運びとなるのだ。
1年に1度の我らが「湯治ツアー」は、今回が3回目。山梨県の韮崎駅からバスに乗り小1時間ほどいく、その増富という町のラジウム温泉は、漢字では「温泉」と書くが「冷泉」である。「湯」ではなく「水」なのだ。だから一気には入れない。皆、背中をまるめ、顔をしかめ、震えながら、歯をくいしばりながらジワジワ肩まで沈んでいく。でも、いったんドップリつかってしまえばあきらめもつき、「だんだん暖かく感じるよね」などとウソブクこともできる。ここに30分じっとし、その後に普通に暖かい「上がり湯」に入って冷え切った体を温める。これを一日に5、6回繰り返すのが増富流の湯治なわけだが、それはさておき、我らがツアーでは、毎年、自然な流れでメインイベントが誕生する。
1年目のメインイベントは、登山家セミプロによる【高山植物講義】だった。高地では繁殖が難しいために、高山植物の多くはめしべとおしべが異常に発達している、という実地講義は大変興味深かった。それから、しそ科の茎が四角いことも、この実地講義で初めて知ったことだ。2年目は【土地にまつわる伝説や童話が刻まれた石碑を巡り、栗栖が初見で読み上げる】という試みがメインイベントとなった。悪者だと思われていたオオカミが、猟師に殺された後になって実は優しい心の持ち主だったと知らされる件で、栗栖が思わず声をつまらせ、居合わせた大人全員がもらい泣きをしたというハプニングが思い出される。
そして、今年のメインイベントはといえば、【山菜採り】と【山菜の天ぷら】だった。
その週末は、天気予報では「雨」と断言された。そこで、出発前には「なんとか雨だけは降らないでほしいです。お祈りの踊りをお願いします」との一斉メールが黒沢美香さんから届き、きっと何人もが踊ったのだろう、増富は見事に晴天。我々は、「はくすい」という宿の自炊棟を借り切っていたわけだが、せっかく晴れてくれたのだからと、メニューに彩りを加えるべく、まず山菜採りに出かけたのだった。

こんな花やら、
こんな虫やらを撮影している間に、シマッタ、よもぎ収獲の時間が終わってしまった。
しかし、せり収獲の時間には追いつく。

裸足で沼に入り、せりを収獲するタクさん。

タクさんから次々投げられるせりの束を受けとり次々せっせと根を取る栗栖。

栗栖の手馴れた手元。

そして、収獲を誇らしげに伊藤多恵さんらに伝える栗栖。
その後、山うども収獲。宿の向かいの「村松商店」の奥さんから「もうこごみはないから、うちのをあげるわ」とこごみのおすそわけをいただき、「すぐそこにはえてるから」と教えてもらった初めて聞く名の(そしてその名を忘れてしまった)山菜2種も収獲し、重曹を買い込み、食欲旺盛チームはいざ厨房へ。体力旺盛チームは、遭難時に備えたおにぎりを携え登山に出発していった。彼らが通称「針の山」登頂を見事成功させたり、交代で風呂に入ったり、日が暮れる頃に恐ろしく巨大な雷音が鳴り響いたりしたが、その間、栗栖はひたすら山菜を揚げ続け、我々は交替で食べ続けた。夕飯は、まだあまりある揚げたての山盛りの山菜の天ぷらに加えて、せりのおひたし、よもぎ入り白玉のみたらし和えが並ぶ圧巻の食卓となった。

よもぎ入り白玉をすくいあげる吉沢恵さん。
特筆すべきは、山菜の天ぷらたちのこれまで味わったことのないあまりの美味しさであり、人々は素手で、一斉に皿に伸びる他の人々の手を払いのけながら奪い合って食したものだった。
ところで、気がつくと、「山盛りの山菜の天ぷら」の写真が一枚もない。よくよく思い出してみると、揚げたそばから誰かが食べてしまったり、皿にのって食卓に運ばれてくるや、あっという間に皆の腹におさまってしまったので、「山盛り」という状態はマバタキするぐらいの時間しかなかったから写真を撮る暇もなかったのだ。というか、山菜の天ぷらを食べたいあまり、写真におさめようという頭が回っていなかった。
総勢15名にて湯治に行ってきた。私を除く14名の内訳は、ダンサー8名、小学生2名、舞台監督1名、振付家1名、舞台衣裳&美術家1名、そして役者1名(これは、かもねぎの栗栖)。多忙な大人たち(と子供たち)のスケジュール調整は半年ほど前から行われ、奇跡的にほぼ全員可能な日程が確定し、その後はめいめいが如何なる誘いも断って「湯治に行く日」を死守する。と、こうして15名の2泊3日の湯治が実現する運びとなるのだ。
1年に1度の我らが「湯治ツアー」は、今回が3回目。山梨県の韮崎駅からバスに乗り小1時間ほどいく、その増富という町のラジウム温泉は、漢字では「温泉」と書くが「冷泉」である。「湯」ではなく「水」なのだ。だから一気には入れない。皆、背中をまるめ、顔をしかめ、震えながら、歯をくいしばりながらジワジワ肩まで沈んでいく。でも、いったんドップリつかってしまえばあきらめもつき、「だんだん暖かく感じるよね」などとウソブクこともできる。ここに30分じっとし、その後に普通に暖かい「上がり湯」に入って冷え切った体を温める。これを一日に5、6回繰り返すのが増富流の湯治なわけだが、それはさておき、我らがツアーでは、毎年、自然な流れでメインイベントが誕生する。
1年目のメインイベントは、登山家セミプロによる【高山植物講義】だった。高地では繁殖が難しいために、高山植物の多くはめしべとおしべが異常に発達している、という実地講義は大変興味深かった。それから、しそ科の茎が四角いことも、この実地講義で初めて知ったことだ。2年目は【土地にまつわる伝説や童話が刻まれた石碑を巡り、栗栖が初見で読み上げる】という試みがメインイベントとなった。悪者だと思われていたオオカミが、猟師に殺された後になって実は優しい心の持ち主だったと知らされる件で、栗栖が思わず声をつまらせ、居合わせた大人全員がもらい泣きをしたというハプニングが思い出される。
そして、今年のメインイベントはといえば、【山菜採り】と【山菜の天ぷら】だった。
その週末は、天気予報では「雨」と断言された。そこで、出発前には「なんとか雨だけは降らないでほしいです。お祈りの踊りをお願いします」との一斉メールが黒沢美香さんから届き、きっと何人もが踊ったのだろう、増富は見事に晴天。我々は、「はくすい」という宿の自炊棟を借り切っていたわけだが、せっかく晴れてくれたのだからと、メニューに彩りを加えるべく、まず山菜採りに出かけたのだった。

こんな花やら、

こんな虫やらを撮影している間に、シマッタ、よもぎ収獲の時間が終わってしまった。
しかし、せり収獲の時間には追いつく。

裸足で沼に入り、せりを収獲するタクさん。

タクさんから次々投げられるせりの束を受けとり次々せっせと根を取る栗栖。

栗栖の手馴れた手元。

そして、収獲を誇らしげに伊藤多恵さんらに伝える栗栖。
その後、山うども収獲。宿の向かいの「村松商店」の奥さんから「もうこごみはないから、うちのをあげるわ」とこごみのおすそわけをいただき、「すぐそこにはえてるから」と教えてもらった初めて聞く名の(そしてその名を忘れてしまった)山菜2種も収獲し、重曹を買い込み、食欲旺盛チームはいざ厨房へ。体力旺盛チームは、遭難時に備えたおにぎりを携え登山に出発していった。彼らが通称「針の山」登頂を見事成功させたり、交代で風呂に入ったり、日が暮れる頃に恐ろしく巨大な雷音が鳴り響いたりしたが、その間、栗栖はひたすら山菜を揚げ続け、我々は交替で食べ続けた。夕飯は、まだあまりある揚げたての山盛りの山菜の天ぷらに加えて、せりのおひたし、よもぎ入り白玉のみたらし和えが並ぶ圧巻の食卓となった。

よもぎ入り白玉をすくいあげる吉沢恵さん。
特筆すべきは、山菜の天ぷらたちのこれまで味わったことのないあまりの美味しさであり、人々は素手で、一斉に皿に伸びる他の人々の手を払いのけながら奪い合って食したものだった。
ところで、気がつくと、「山盛りの山菜の天ぷら」の写真が一枚もない。よくよく思い出してみると、揚げたそばから誰かが食べてしまったり、皿にのって食卓に運ばれてくるや、あっという間に皆の腹におさまってしまったので、「山盛り」という状態はマバタキするぐらいの時間しかなかったから写真を撮る暇もなかったのだ。というか、山菜の天ぷらを食べたいあまり、写真におさめようという頭が回っていなかった。
2009年06月03日
水が乾く程、夏だった!(水無月) 
最近、天気予報を見る度に運動会の話題をふる気象予報士さん。
「なぜに今?」
「運動会と云えば秋!」
秋の大運動会、と書かれた大段幕が印象的。
しかしそんな事はもう、ひと昔の事。
今は春先に運動会を行うようで。ひと昔世代の自分には余りにも違和感が・・・・。
なぜ、運動会を春先に行う事にしたのかご存知でしたか?
政府の陰謀かしら?!
調べましたっ!分かりましたっっっっっ!!!!
高校受験を控えてる中学校が、行事でのバタつきを少しでも減らす為、春先に開催。後、中学受験を控える児童が増えた為に小学校でも春先に開催。
納得。
そういえば、中学の時は競技会という行事を春先にやってた・・・・。

最近、天気予報を見る度に運動会の話題をふる気象予報士さん。
「なぜに今?」
「運動会と云えば秋!」
秋の大運動会、と書かれた大段幕が印象的。
しかしそんな事はもう、ひと昔の事。
今は春先に運動会を行うようで。ひと昔世代の自分には余りにも違和感が・・・・。
なぜ、運動会を春先に行う事にしたのかご存知でしたか?
政府の陰謀かしら?!
調べましたっ!分かりましたっっっっっ!!!!
高校受験を控えてる中学校が、行事でのバタつきを少しでも減らす為、春先に開催。後、中学受験を控える児童が増えた為に小学校でも春先に開催。
納得。
そういえば、中学の時は競技会という行事を春先にやってた・・・・。

是非ご覧下さい。