2008年10月
2008年10月29日
●暗い日々
風邪が治らんのんですよ!!
前回のひとりごとから引き続きなので20日以上。
しかも今週に入り悪化。
首のつけねから肩甲骨にかけてズズーンと重くだるくこっている。
昨日一昨日は一日中寝て過ごす。
生きているのか死んでいるのか不安な時間。
ただの風邪ごときでどうしてこんなに大袈裟なのか。
体がだるい=不安=マイナス思考。だからである。
一日中寝ているということは普段あまりみないテレビをみる。
弱っている私は悲しい情報に弱い。
夕方のニュースで東尋坊で自殺を止めるおじさんの特集をしていた。
号泣。
夕暮れ時に東尋坊の断崖絶壁を眺める若者がいる。
そこへおじさんがやって来る。
おじさん 「何しとん?」
若者 「日が暮れるのまっとるんです」
おじさん 「そらぁ、えらい時間がかかるわー」
若者 「ははは・・・海、きれいやなー思うて」
おじさん 「きれいやろう・・・兄ちゃん・・・逃げて来たんちゃう?」
若者 「・・・そうですねー、逃げて来たみたいなもんです」
おじさん 「逃げたらええんじゃ、日本中どこでも、
どこに逃げてもええ。外国に行ってもええで」
若者 「・・・(号泣)・・・」
(栗栖号泣)
おじさん 「死んだらあかんわ」
若者 「・・・(号泣)・・・」
この若者は専門学校を出てフリーターや契約社員をして来たが
契約も切れ借金だけが残り「何も答えが出せなかった自分が嫌になった」のだそうだ。
あぁー、私この若者の気持ちわかるわー。
ひと事じゃないわ!!と私は布団の中で思った。
私子供の頃から『ド根性がえる』が大好き。
子供の頃はTシャツの中で生きている『ぴょん吉』とそれを着ている『ひろし』の関係がただ面白くて好きだった。
わりと大人になってからは、自分の上に人間がこけてしまいぺったんこになってしまったかえるの『ぴょん吉』がTシャツの中で生きている!!というのが好きだ。
「♪どっこい生きてるシャツの中ぁ~♪」
平面がえるのぴょん吉様の様にあかるく楽しくいきましょう。
と思う。ひとり布団の中の私。
風邪が治らんのんですよ!!
前回のひとりごとから引き続きなので20日以上。
しかも今週に入り悪化。
首のつけねから肩甲骨にかけてズズーンと重くだるくこっている。
昨日一昨日は一日中寝て過ごす。
生きているのか死んでいるのか不安な時間。
ただの風邪ごときでどうしてこんなに大袈裟なのか。
体がだるい=不安=マイナス思考。だからである。
一日中寝ているということは普段あまりみないテレビをみる。
弱っている私は悲しい情報に弱い。
夕方のニュースで東尋坊で自殺を止めるおじさんの特集をしていた。
号泣。
夕暮れ時に東尋坊の断崖絶壁を眺める若者がいる。
そこへおじさんがやって来る。
おじさん 「何しとん?」
若者 「日が暮れるのまっとるんです」
おじさん 「そらぁ、えらい時間がかかるわー」
若者 「ははは・・・海、きれいやなー思うて」
おじさん 「きれいやろう・・・兄ちゃん・・・逃げて来たんちゃう?」
若者 「・・・そうですねー、逃げて来たみたいなもんです」
おじさん 「逃げたらええんじゃ、日本中どこでも、
どこに逃げてもええ。外国に行ってもええで」
若者 「・・・(号泣)・・・」
(栗栖号泣)
おじさん 「死んだらあかんわ」
若者 「・・・(号泣)・・・」
この若者は専門学校を出てフリーターや契約社員をして来たが
契約も切れ借金だけが残り「何も答えが出せなかった自分が嫌になった」のだそうだ。
あぁー、私この若者の気持ちわかるわー。
ひと事じゃないわ!!と私は布団の中で思った。
私子供の頃から『ド根性がえる』が大好き。
子供の頃はTシャツの中で生きている『ぴょん吉』とそれを着ている『ひろし』の関係がただ面白くて好きだった。
わりと大人になってからは、自分の上に人間がこけてしまいぺったんこになってしまったかえるの『ぴょん吉』がTシャツの中で生きている!!というのが好きだ。
「♪どっこい生きてるシャツの中ぁ~♪」
平面がえるのぴょん吉様の様にあかるく楽しくいきましょう。
と思う。ひとり布団の中の私。
●北京でブリッジを学んだ(北京便り?)

これは、大会会場の1階の「誰でも自由に遊べる」コーナーの駒。実物大なわけではなく、私が接写しただけです。

よく見ると、チェスの駒の中に、丸く平べったい駒(中国将棋で使う駒)が混ざっており「インターナショナルチェス」という遊びらしい。「チェスがそもそもインターナショナルだよね…」とも思うのだけど。それで、この盤の近くをうろうろしていると係の人(何の係かよくわからないが)が中国語でルールを教えてくれて「さあ、やってみろやってみろ」とせきたてられる。だから、係の人があちらを向いているスキに撮影し、ピューッと逃げた。
さて、今回の大会で学んだことは「ブリッジ」競技の仕組みだ。これまで私は、「智力運動会」とはいえ、ブリッジはトランプを使うわけで、配られた札がよければ弱くても勝てそうじゃないか。「運に左右される部分が多いじゃないか!」と思っていたのだ。ところが、違った。
ブリッジは2人対2人で競技する。ということは知っていた。それで、AペアとBペアの勝者が、CペアとDペアの勝者と対戦する…というトーナメント方式だと思っていた。だから、運がよければ弱くてもどんどん勝ち上がれる可能性があると思っていた。
しかし…
例えば400人参加=200ペア参加の場合、試合数は100。すると、この100試合は、コンピュータによって全く同じ札が配られるのだという。だから、かりにAペアがBペアに勝ったとしても、Aペアと同じ札で戦ったCペアの勝ち方がAペアより優れていたら、Aペアの点数はCペアの点数より下がってしまう。つまり、100試合同時に行われ、AペアはBペアと競技しながらも、同じ札で戦っている残りの49ペアと点数を争う。という仕組み。
さらに、1ゲームは7分ぐらいで終わるらしいが、同じ対戦相手と90ゲームぐらいするらしい。これなら、「運」の要素で勝負がつく可能性は限りなく減っていくと納得。なるほど「智力」だ。

ブリッジ競技会場です。「若手の部」の部屋で、「一般の部」はもっとずっと人数が多く、建物も別。日本人も参加していますがメダルには手が届かなかったもようです。(「チームJAPAN」のHPでは「シニアチーム優勝!」の報が出ていますが、今大会の公式種目ではないため、メダルはもらえていません)
ところで、私が取材したのは「ペア碁」といい、男女がペアになって交互に打つ競技。アマチュアは30カ国から出場しました。そして…

こちらはコロンビア代表。女性はモデルでもあるそう。ですが、男性も映画俳優のよう。思わずカメラを向けてしまいました。二人はカメラを向けられることにタイソウ慣れており、それとなくポーズをとります。写真を見ても実に自然、「ポーズをとっている」ことがバレないあたりが、さすがプロ!(何のプロかよくわからないが)と感心させられました。

これは、大会会場の1階の「誰でも自由に遊べる」コーナーの駒。実物大なわけではなく、私が接写しただけです。

よく見ると、チェスの駒の中に、丸く平べったい駒(中国将棋で使う駒)が混ざっており「インターナショナルチェス」という遊びらしい。「チェスがそもそもインターナショナルだよね…」とも思うのだけど。それで、この盤の近くをうろうろしていると係の人(何の係かよくわからないが)が中国語でルールを教えてくれて「さあ、やってみろやってみろ」とせきたてられる。だから、係の人があちらを向いているスキに撮影し、ピューッと逃げた。
さて、今回の大会で学んだことは「ブリッジ」競技の仕組みだ。これまで私は、「智力運動会」とはいえ、ブリッジはトランプを使うわけで、配られた札がよければ弱くても勝てそうじゃないか。「運に左右される部分が多いじゃないか!」と思っていたのだ。ところが、違った。
ブリッジは2人対2人で競技する。ということは知っていた。それで、AペアとBペアの勝者が、CペアとDペアの勝者と対戦する…というトーナメント方式だと思っていた。だから、運がよければ弱くてもどんどん勝ち上がれる可能性があると思っていた。
しかし…
例えば400人参加=200ペア参加の場合、試合数は100。すると、この100試合は、コンピュータによって全く同じ札が配られるのだという。だから、かりにAペアがBペアに勝ったとしても、Aペアと同じ札で戦ったCペアの勝ち方がAペアより優れていたら、Aペアの点数はCペアの点数より下がってしまう。つまり、100試合同時に行われ、AペアはBペアと競技しながらも、同じ札で戦っている残りの49ペアと点数を争う。という仕組み。
さらに、1ゲームは7分ぐらいで終わるらしいが、同じ対戦相手と90ゲームぐらいするらしい。これなら、「運」の要素で勝負がつく可能性は限りなく減っていくと納得。なるほど「智力」だ。

ブリッジ競技会場です。「若手の部」の部屋で、「一般の部」はもっとずっと人数が多く、建物も別。日本人も参加していますがメダルには手が届かなかったもようです。(「チームJAPAN」のHPでは「シニアチーム優勝!」の報が出ていますが、今大会の公式種目ではないため、メダルはもらえていません)
ところで、私が取材したのは「ペア碁」といい、男女がペアになって交互に打つ競技。アマチュアは30カ国から出場しました。そして…

こちらはコロンビア代表。女性はモデルでもあるそう。ですが、男性も映画俳優のよう。思わずカメラを向けてしまいました。二人はカメラを向けられることにタイソウ慣れており、それとなくポーズをとります。写真を見ても実に自然、「ポーズをとっている」ことがバレないあたりが、さすがプロ!(何のプロかよくわからないが)と感心させられました。
2008年10月27日
●選手村のこと~その?~(北京便り?)
そうはいっても(「選手村」に宿泊しなかったといっても)、「選手村」への興味関心が薄れたわけはなく、むしろ逆。そこで、今回は「選手村」見聞記を。
北京到着後、私の宿泊場所が選手村ではないと知って軽いショックを覚えたものの、直後に「いやあ、選手村に泊まっている人たちはイロイロ大変らしいですよ」と聞かされると「じゃあ、よかったってことなのか?」とショックはだいぶ薄れたのだった。しかし、そのまた直後に「どう大変なんだろう。何が大変なんだろう」と下世話な興味がつのったり、「これからホテルと大会会場を行き来するだけの日々(しかもホテルと大会会場は隣同士)が待っているとしたら、選手村に行ってみる時間もないかもしれない。どうしよう、絶対行ってみたいのに」と焦ったり、頭の中は大忙しとなった。

これは、大会会場「北京国際会議センター」の1階にある柱。「智力運動会」というのが、簡潔で可笑しい。そういえば、街中のいたるところで目にする「加油」は「ガンバレ」の意だという。この簡潔さはちょっとこわい。


大会会場の3階からは「鳥の巣」がよく見えた。夜になると「鳥の巣」は赤く変身。ちなみに「鳥の巣」入場料は50元(800円ぐらい)。ダフ屋から150元で買わされて入場してみた人の話では、今のところ、中はオリンピックのときのままだとか。
さて、「選手村」を訪れる機会はアッという間にやってきた。ホテル&大会会場(この二つの建物は実は中がつながっている)から、夕飯を食べに繰り出した「この界隈の繁華街」まで徒歩(急ぎ足)15分。「選手村」は、その通り道に存在していたのだ。
見たところ「選手村」は、マンション群だ。聞くところによると、今年のオリンピックで使われた「選手村」は、「鳥の巣」の反対側に存在し、今大会の「選手村」は、過去のアジア大会で使われていた「選手村」を復活させたらしい(「選手村」じゃなくなると、ホテルやマンションになるらしい。でも…ホテルはともかく、マンションの住人は、「選手村」になるたびに追い出されるのだろうか??)。A搭からQ塔まで、形も高さも違う白い壁の四角いマンション風建物が立ち並び、合間にぽつぽつと日本レストランや中華レストランや美容院がある。かつてはもっと店があったのかな…??

さらに聞くところによると、微妙に差別化されているようであり、Aから始まってN棟あたりになるとボランティアの学生などが滞在しているそうな。B塔に滞在していた人から聞くところによると、リビングルームを挟んで両側にツインルームがあり4人滞在できるタイプで「集団生活は気を使うんですよ。イビキがすごい人は部屋で眠らなかったり」「タオルを部屋に持ち込んでしまうと、取り替えてもらえない。部屋に持ち込んだ人間がまた新しいタオルを使うらしく、4枚しかないタオルが日々減っていく! 僕は今日はスーパーでマイタオルと買います!」「部屋に鍵をかけてしまうと、掃除をしてもらえないということが判明しました」…。こうして、気になっていた「イロイロ大変」な様子もわかり、大忙しだった頭の中は落ち着いた次第。
そうはいっても(「選手村」に宿泊しなかったといっても)、「選手村」への興味関心が薄れたわけはなく、むしろ逆。そこで、今回は「選手村」見聞記を。
北京到着後、私の宿泊場所が選手村ではないと知って軽いショックを覚えたものの、直後に「いやあ、選手村に泊まっている人たちはイロイロ大変らしいですよ」と聞かされると「じゃあ、よかったってことなのか?」とショックはだいぶ薄れたのだった。しかし、そのまた直後に「どう大変なんだろう。何が大変なんだろう」と下世話な興味がつのったり、「これからホテルと大会会場を行き来するだけの日々(しかもホテルと大会会場は隣同士)が待っているとしたら、選手村に行ってみる時間もないかもしれない。どうしよう、絶対行ってみたいのに」と焦ったり、頭の中は大忙しとなった。

これは、大会会場「北京国際会議センター」の1階にある柱。「智力運動会」というのが、簡潔で可笑しい。そういえば、街中のいたるところで目にする「加油」は「ガンバレ」の意だという。この簡潔さはちょっとこわい。


大会会場の3階からは「鳥の巣」がよく見えた。夜になると「鳥の巣」は赤く変身。ちなみに「鳥の巣」入場料は50元(800円ぐらい)。ダフ屋から150元で買わされて入場してみた人の話では、今のところ、中はオリンピックのときのままだとか。
さて、「選手村」を訪れる機会はアッという間にやってきた。ホテル&大会会場(この二つの建物は実は中がつながっている)から、夕飯を食べに繰り出した「この界隈の繁華街」まで徒歩(急ぎ足)15分。「選手村」は、その通り道に存在していたのだ。
見たところ「選手村」は、マンション群だ。聞くところによると、今年のオリンピックで使われた「選手村」は、「鳥の巣」の反対側に存在し、今大会の「選手村」は、過去のアジア大会で使われていた「選手村」を復活させたらしい(「選手村」じゃなくなると、ホテルやマンションになるらしい。でも…ホテルはともかく、マンションの住人は、「選手村」になるたびに追い出されるのだろうか??)。A搭からQ塔まで、形も高さも違う白い壁の四角いマンション風建物が立ち並び、合間にぽつぽつと日本レストランや中華レストランや美容院がある。かつてはもっと店があったのかな…??

さらに聞くところによると、微妙に差別化されているようであり、Aから始まってN棟あたりになるとボランティアの学生などが滞在しているそうな。B塔に滞在していた人から聞くところによると、リビングルームを挟んで両側にツインルームがあり4人滞在できるタイプで「集団生活は気を使うんですよ。イビキがすごい人は部屋で眠らなかったり」「タオルを部屋に持ち込んでしまうと、取り替えてもらえない。部屋に持ち込んだ人間がまた新しいタオルを使うらしく、4枚しかないタオルが日々減っていく! 僕は今日はスーパーでマイタオルと買います!」「部屋に鍵をかけてしまうと、掃除をしてもらえないということが判明しました」…。こうして、気になっていた「イロイロ大変」な様子もわかり、大忙しだった頭の中は落ち着いた次第。
2008年10月22日
●北京でぺこちゃんに会う (北京便り?/5回の予定)
北京に行ってきました。
あれほど「選手村選手村」と吹聴しておきながら…なんのことはない、私の宿泊場所は「選手村」ではありませんでした。どういう振り分けか定かではないのですが、日本選手団(の囲碁チーム)の場合、アマチュアは選手村、プロはホテル。関係者スタッフの中では、年齢が若い者は選手村、そうでない者はホテル。という分類がなされていたような……。というわけで、嬉しいやら悲しいやら、私は「ホテル」に振り分けられていたのでした。
到着一日目は、ホテルでスッタモンダがあり(聞くところによると、日本チームのほぼ全員がスッタモンダに巻き込まれたようです)、チェックインに待たされること2時間。その後は、広~い大会会場で「あれ…ここはブリッジ会場だ…」「しまった、違う廊下を歩いてしまったようだ…」としょっちゅう迷子になっているうちに、夜になってしまいました。
それなので、夜の話を。
北京の車
すでに2週間近く滞在している関係者一行に連れられて、この界隈の繁華街へ繰り出しました(以後、毎晩繰り出したわけですが)。夕飯を食べるために、です。「この界隈」というのは、北京市内からは車で30分ほど、地下鉄なら市内から北に8駅。あの「鳥の巣」のすぐ近くでもあります。
「この界隈」に滞在するにあたって、まず「車に気をつけろ」と注意されました。確かに、日本のようには決して譲ってくれず、信号が青だろうが、呑気に渡っていると右折車がビュンビュンとブレーキを踏まずに突進してきました。そのうえ、歩道を歩いているのに、振り返ると真後ろに車。どうやら駐車場から出てくる車が、しばらく歩道を走るのもあり、のようです。「驚くものか」と平静をよそおい続けていたのですが、無理なユーターンを試み失敗した車が、挙句に一緒に横断歩道を渡り始めたときにはさすがにタマゲました。
ぺこちゃんに会う

さて、ここが初日に入ったレストラン。中国語を話せる人間が一人もいない私たちに、店員がさっそく何やら大量の中国語を使って質問攻め。「きっと、鍋料理にするか、そうでない料理にするかと聞かれたんじゃないかな」「ああ。それで座る席が違ってくるんですね」と全くはずれているかもしれないのに、聞き取れたフリをして私たちは丸テーブルについた。それから注文に入るわけだが、ここでは紙とペンが取り出される。「紹興酒を持ってきて。熱燗で」と日本語でしゃべりながら、紙に「熱」という文字を書くが、若いウェイトレスが3人ほど集まってきてみんな首を傾げている。「ホット!」と言ってみたり、矢印を上に向けてみたり、ビンを手で触って「あちっ!」と慌てて耳たぶを触るジェスチャーをしてみたり、こちらは熱燗にしてもらおうと必死なのだが、若いウェイトレスたち3人は顔を見合わせるばかり。すると、スーツを着た、支配人のような女性がやってきた。そうして、その支配人のような女性がしゃべるしゃべる。中国語で。ところが不思議なことに聞き取れたようなような錯覚に陥るのだ。「まあまあお客様、どうなさったんですか? え? ああ、これをもっと熱くしてほしい。そういうことかしら? 私どもは熱くしたんですよ、これでも。でももっと熱くしてほしいと。そういうことかしら?」。つられて、こちらも「そうそう、そうなんですよ」と日本語で応対。これを受けて、支配人女性は、「待ってちょうだい。確認するから。こういうことでしょ」とペンを紙の上に走らせる。と、「一本加熱」と読めるではないか。中国語と日本語でも会話は成立することがよくわかりました。それで、私はといえば、途中からその支配人女性がお笑い芸人のぺこちゃんに似ていることに気がついてしまい、もう声から喋り方から顔から何から何までぺこちゃんにしか見えなくなってしまって、「わぁー、一人コントをやってほしい!」と思いながらお腹の皮がよじれるほど笑っていたのでした。
せっかくなので、料理を一品。赤唐辛子をよけながら肉を食べる料理です。
その下は、北京のぺこちゃんとペア碁協会のNさん。言葉の壁を乗り越えて北京のぺこちゃんと会話をした方です。(勝手に写真掲載してしまいました、Nさんごめんなさい!)


北京に行ってきました。
あれほど「選手村選手村」と吹聴しておきながら…なんのことはない、私の宿泊場所は「選手村」ではありませんでした。どういう振り分けか定かではないのですが、日本選手団(の囲碁チーム)の場合、アマチュアは選手村、プロはホテル。関係者スタッフの中では、年齢が若い者は選手村、そうでない者はホテル。という分類がなされていたような……。というわけで、嬉しいやら悲しいやら、私は「ホテル」に振り分けられていたのでした。
到着一日目は、ホテルでスッタモンダがあり(聞くところによると、日本チームのほぼ全員がスッタモンダに巻き込まれたようです)、チェックインに待たされること2時間。その後は、広~い大会会場で「あれ…ここはブリッジ会場だ…」「しまった、違う廊下を歩いてしまったようだ…」としょっちゅう迷子になっているうちに、夜になってしまいました。
それなので、夜の話を。
北京の車
すでに2週間近く滞在している関係者一行に連れられて、この界隈の繁華街へ繰り出しました(以後、毎晩繰り出したわけですが)。夕飯を食べるために、です。「この界隈」というのは、北京市内からは車で30分ほど、地下鉄なら市内から北に8駅。あの「鳥の巣」のすぐ近くでもあります。
「この界隈」に滞在するにあたって、まず「車に気をつけろ」と注意されました。確かに、日本のようには決して譲ってくれず、信号が青だろうが、呑気に渡っていると右折車がビュンビュンとブレーキを踏まずに突進してきました。そのうえ、歩道を歩いているのに、振り返ると真後ろに車。どうやら駐車場から出てくる車が、しばらく歩道を走るのもあり、のようです。「驚くものか」と平静をよそおい続けていたのですが、無理なユーターンを試み失敗した車が、挙句に一緒に横断歩道を渡り始めたときにはさすがにタマゲました。
ぺこちゃんに会う

さて、ここが初日に入ったレストラン。中国語を話せる人間が一人もいない私たちに、店員がさっそく何やら大量の中国語を使って質問攻め。「きっと、鍋料理にするか、そうでない料理にするかと聞かれたんじゃないかな」「ああ。それで座る席が違ってくるんですね」と全くはずれているかもしれないのに、聞き取れたフリをして私たちは丸テーブルについた。それから注文に入るわけだが、ここでは紙とペンが取り出される。「紹興酒を持ってきて。熱燗で」と日本語でしゃべりながら、紙に「熱」という文字を書くが、若いウェイトレスが3人ほど集まってきてみんな首を傾げている。「ホット!」と言ってみたり、矢印を上に向けてみたり、ビンを手で触って「あちっ!」と慌てて耳たぶを触るジェスチャーをしてみたり、こちらは熱燗にしてもらおうと必死なのだが、若いウェイトレスたち3人は顔を見合わせるばかり。すると、スーツを着た、支配人のような女性がやってきた。そうして、その支配人のような女性がしゃべるしゃべる。中国語で。ところが不思議なことに聞き取れたようなような錯覚に陥るのだ。「まあまあお客様、どうなさったんですか? え? ああ、これをもっと熱くしてほしい。そういうことかしら? 私どもは熱くしたんですよ、これでも。でももっと熱くしてほしいと。そういうことかしら?」。つられて、こちらも「そうそう、そうなんですよ」と日本語で応対。これを受けて、支配人女性は、「待ってちょうだい。確認するから。こういうことでしょ」とペンを紙の上に走らせる。と、「一本加熱」と読めるではないか。中国語と日本語でも会話は成立することがよくわかりました。それで、私はといえば、途中からその支配人女性がお笑い芸人のぺこちゃんに似ていることに気がついてしまい、もう声から喋り方から顔から何から何までぺこちゃんにしか見えなくなってしまって、「わぁー、一人コントをやってほしい!」と思いながらお腹の皮がよじれるほど笑っていたのでした。
せっかくなので、料理を一品。赤唐辛子をよけながら肉を食べる料理です。
その下は、北京のぺこちゃんとペア碁協会のNさん。言葉の壁を乗り越えて北京のぺこちゃんと会話をした方です。(勝手に写真掲載してしまいました、Nさんごめんなさい!)


しーごーとゴトゴトー見ているうちーにー